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不当解雇の解決事例

労働審判での解決事例

※守秘義務に照らし、内容は全て抽象化しています。名前も全て仮称になります。

CASE01 試用期間満了(本採用拒否) IT企業勤務 江原さん(40代男性)

事案

江原さんは,一部上場企業勤務等を経て,IT系企業の営業マネージャー候補として即戦力を期待され中途採用されました。会社の指示に従い前職の人脈等を活かした積極的な営業活動により新規案件の掘り起こしを行い,また,近い将来部下となる予定の従業員に対し丁寧な指導を行いました。江原さんの働きぶりを評価した会社は数ヶ月後には江原さんをマネージャーにすると社員の前で発表しました。ところが,既存従業員の中には江原さんの活躍を思わしくないと考える社員も複数おり,それら社員は江原さんがパワハラやセクハラを行ったなどという申告を会社にしました。会社は既存従業員の話を軽信し,使用期間を残した段階で,江原さんに本採用をしない旨通告しました。

地位確認等の労働審判・訴訟により勝訴的和解
解決金 約300万円

ポイント

※括弧内は依頼を受けてからの期間

ポイント1

裁判前に解雇の撤回・賃金の支払いを求めて交渉したが,会社側は解雇が正当であったとして交渉による解決に応じなかった(1ヶ月)

ポイント2

そこで,直ちに証拠を整理し,解雇の無効を訴えて労働審判手続を申請した(1ヶ月半)。第1回労働審判期日が開かれ審理を行ったが,会社側は証人や客観的証拠に基づく主張を行わず,解雇は無効であるとの心証を得た(3ヶ月半)。その上で,調停による解決が試みられたが,第2回までに調停は成立せず労働審判がなされた。もっとも,労働審判は法的な判断というよりは労働者と会社側の主張の真ん中を取ったような妥協的な内容となった。その為,江原氏の意向により労働審判に異議を申し立て,訴訟に手続が移行した(約5ヶ月)

ポイント3

訴訟手続においても,会社側は的確な主張立証を行えなかった為,裁判所の和解勧告がなされ,労働審判の内容の1.5倍の解決金水準により和解が成立した(約10ヶ月半)

解決に至る経緯

1.紛争の発生

江原さんは,一部上場の電気メーカーに勤務した敏腕営業マンであった。幅広い優良な人脈及び敏腕営業マンとしての交渉力を買われ,IT系企業の営業マネージャー候補として即戦力を期待され中途採用されました。会社の指示に従い前職の人脈等を活かした積極的な営業活動により新規案件の掘り起こしを行い,また,近い将来部下となる予定の従業員に対し丁寧な指導を行いました。江原さんの働きぶりを評価した会社は数ヶ月後には江原さんをマネージャーにすると社員の前で発表しました。ところが,既存従業員の中には江原さんの活躍を思わしくないと考える社員も複数おり,それら社員は江原さんがパワハラやセクハラを行ったなどという申告を会社にしました。会社は既存従業員の話を軽信し,使用期間を残した段階で,突如として江原さんに本採用をしない旨通告しました。解雇のやり方は酷いものでした。江原さんの弁解をろくに聞かずに,オフィス入館証,貸与のパソコンや携帯を没収され,ビルから追い出される(ロックアウト)というやり方でした。江原さんは人生で初めての酷い経験にショックを受け,オフィスビルを追い出されたその日に当事務所へ相談に訪れました。

2.相談

相談では,採用から解雇に至る経緯を聴取した上で,試用期間とはいえあまりに性急な解雇であり,かつ,客観的に解雇される事情が乏しかった為,解雇は無効になる可能性が高いというアドバイスをしました。また,会社との戦い方についてもアドバイスを受け,江原さんは直ちに当事務所へ対応を依頼することにしました。

3.交渉

依頼を受け、弁護士は直ちに解雇の撤回・現職復帰等を求める通知書を内容証明郵便で送付しました。会社は1週間程度で弁護士を選任の上回答文書を送ってきました。その内容は解雇は正当なものであり、解雇の撤回には応じないという強硬なものでした。会社の対応からすると交渉の解決はないものと考え、江原さんと協議の上、労働審判手続を申し立てることにしました。

4.労働審判

そこで,直ちに証拠を整理し,解雇の無効を訴えて労働審判手続を申請しまし申請から約1ヶ月後に第1回労働審判期日が指定されました。第1回期日の約1週間前に会社側は答弁書を提出しました。江原さんが営業活動を行っていなかった、他の従業員に対し不適切な言動があった等の事由が数多く並べたてられていましたが、いずれも客観的証拠はなく、他の従業員の陳述書を中心として証拠が提出されました。陳述書は証言内容を記載した文書ですが、事実と異なり、かつ、何ら客観的証拠の裏付けのないものでした。そこで、第1回期日までに反論を記載した文書を提出し、第1回期日に臨みました。解雇の理由は基本的には会社側が証明しなければなりません。しかし、会社側は陳述書の記載のあった従業員を誰一人として出席さでず、会社の役員と人事担当者だけが出席していました。解雇の理由の証拠である証人を一切出席させないといことは手ぶらで戦場に臨むと同義です。会社の主張が認められる訳もなく、解雇は無効であるとの労働審判委員会の心証を得ました。その上で,調停による解決が試みられましたが,会社側は全く譲歩する姿勢を見せず、第2回までに調停は成立せず労働審判がなされました。しかし、前期心証にもかかわらず、労働審判は法的な判断というよりは労働者と会社側の主張の真ん中を取ったような妥協的な内容となっていました。江原さんとしては、そのような中途半端な解決には納得がいかず、労働審判に異議を申し立て,訴訟に手続が移行しました。

5.訴訟手続

訴訟手続に移行した後も,会社側は労働審判段階と全く同様の主張立証しか行わなかった為,訴訟手続の裁判官も労働審判段階と同様に解雇は無効であるとの心証を持ち、それに基づく裁判所の和解勧告がなされました。ところで、江原さんは、解雇後数ヶ月間は失業保険を受けていましたが、その後、生活の糧を得るために労働審判手続申請前から別の会社で正社員として勤務していました。もちろん、会社に解雇を撤回させた後は会社に復帰する意向でしたが、他方で新たな会社においては高い評価を得て重用されていました。また、訴訟手続の時点で解雇から10ヶ月程度経過していました。この時点では、会社に戻るよりは、退職を前提に解決金の支払いを得ることが良いという考え方に変わったため、労働審判の内容の1.5倍の解決金を支払うことによる和解が成立しました。
江原さんは転職先の会社で重用され、管理職として前向きな人生の一歩を歩んでいます。

CASE02 普通解雇 専門学校職員 武田さん(50代男性)

事案

武田さんは,専門学校の管理職として中途採用され,10年以上,広報の仕事に従事し,専門学校の業績の拡大に貢献してきました。ところが,リーマンショックの影響で業績が低迷したところで,その責任を一方的に負わされる形で降格・降給処分を受けました。その後,執拗な退職勧奨を受け,また,屈辱的な配置転換を受けました。武田さんは堪えて仕事をしていましたが,ついに能力不足等を理由として普通解雇を受けました。

地位確認等の労働審判により勝訴的調停
解決金 約500万円

ポイント

※括弧内は依頼を受けてからの期間

ポイント1

裁判前に解雇の撤回・賃金の支払いを求めて交渉したが,会社側は解雇が正当であったとして交渉による解決に応じなかった(1ヶ月)

ポイント2

そこで,直ちに証拠を整理し,解雇の無効を訴えて労働審判手続を申請した(1ヶ月半)。第1回労働審判期日が開かれ審理を行われた。武田さん側の主張は多くの客観的証拠に裏付けられているのに対し,会社側の主張は客観的証拠に乏しく,かつ,証人としては人事担当役員だけであり,直接の証人は出廷させなかった。その結果,解雇は完全に無効であるとの心証を得た(3ヶ月半)。その上で,調停による解決が試みられたが,第3回の労働審判期日において調停が成立した(5ヶ月半)。調停の内容は武田さんの主張を全面的に認めた上で,会社都合による合意退職,解決金約500万円の支払い,退職金全額とするものであった。

解決に至る経緯

1.紛争の発生

武田さんは,B専門学校の管理職として中途採用されました。B専門学校の広報担当として生徒の募集などの業務を行っていました。武田さんの貢献により,生徒数は徐々に増えていき,最初の4倍にまで生徒数を増やすことに成功し,業績も拡大しました。その後,生徒数が減少し業績は下降しました。業績が低下したのは,他の専門学校も同じで,その原因は,リーマンショックにより専門学校業界全体の需要が減少したことにあることにありました。しかし,B学校の校長は生徒が減少したのは武田さんの責任であるとして,一広報担当者に過ぎない武田さん一人の責任としました。また,広報担当から雑用係に配置転換しました。10年以上広報担当の管理職であったのが,一転,電話の取り次ぎ,ゴミ収集,校舎の見回りなどの単純業務をさせられることになりました。これはあからさまにB学校による嫌がらせでした。ただ,武田さんは屈辱に耐え,黙々と単純業務をこなしていました。その直後,校長による執拗な退職勧奨が始まりました。「君はこの学校には向いていない。他の職場に行った方がいい。」「あなたは,はっきりいってもういらない人間です」「私とあなたとは合わない,お互い不幸」「はっきり言って出て行ってほしい」「今のあなたに見合う給料はもっと低い。」「今の学校にあなたのポジションはない。」などという武田さんの労働者としての尊厳を全く無視した悪質極まりない退職勧奨が20回にも及びました。また,給料も武田さんの同意なく一方的に下げ続けました。また,武田さんの些細なミスなどについて,逐一指導する「改善指導書」のような文書が出されるようになりました。これにも屈せず,武田さんは与えられた仕事を行っていました。あるとき,ゴミ箱のなかからメールのプリントアウトした書面を見つけました。その内容は,。「(武田さんを)本年●月を目処に自主的な退職を促すよう働きかけると共に,不適格である事実関係を積み重ねるよう,努力致します。」「(武田さんは)なかなかボロを出さず,退職に追い込む決定打が見当たりません。今年●月に再度給与の減額を通告し,自主的な退職を促す方針にします。」などといった校長が外部の弁護士に武田さんを退職に追い込む為の相談をしているものでした。武田さんはこれを見て驚愕すると共に,絶対学校側の思惑どおりに退職などしないと決意しました。 そして,学校側は武田さんの能力不足などを理由に普通解雇を強行しました。 武田さんは酷い経験にショックを受けましたが,当事務所へ相談に訪れました。

2.相談【解雇直後】

相談では,弁護士は武田さんより採用から解雇に至る経緯を聴取しました。武田さんは,これまでの経緯を克明にメモにしていました。また,校長との面談については殆どの内容を録音していました。さらに,校長が武田さんを退職に追い込む為に外部弁護士に相談する内容のメールもありました。これらの証拠があれば,ほぼ間違いなく解雇は無効になることをアドバイスしました。また,会社との戦い方についても具体的にアドバイスをしました。武田さんは直ちに当事務所へ対応を依頼することにしました。

3.交渉【解雇から1ヶ月】

依頼を受け、弁護士は直ちに解雇の撤回・現職復帰等を求める通知書を内容証明郵便で送付しました。会社は弁護士を選任の上回答文書を送ってきました。その内容は解雇が正当なものであり、解雇の撤回には応じないという強硬なものでした。会社の対応からすると交渉の解決はないものと考え、武田さんと協議の上、労働審判手続を申し立てることにしました。

4.労働審判
(1) 労働審判申立【解雇から1ヶ月半後】

そこで,直ちに証拠を整理し,解雇の無効を訴えて労働審判手続を申請し,申請から約1ヶ月半後に第1回労働審判期日が指定されました。労働審判申立書には採用から解雇に至る経緯を時系列的に具体的詳細に整理した主張を記載しました。学校側が事前に開示していた解雇理由に対する反論についても予め具体的に記載しました。また,それぞれの事実を裏付ける客観的証拠(校長の発言を録音したデータ,音声反訳文書,メールなど)も整理して提出しました。その上で,雇用契約上の地位の確認,降格・降給によって減らされた分の賃金,解雇後の賃金,解雇によって受けた精神的損害に対する損害賠償を求めました。

(2) 答弁書の提出【第1回期日の1週間前】

これに対し,第1回期日の約1週間前に会社側は答弁書を提出しました。学校は解雇理由を,解雇時に告げていなかった理由まで色々と追加してきました。また,「改善指導書」をいくつか出していたことももって,改善指導をしてきたが武田さんがそれに従わなかったなどと主張しました。

(3) 補充書面の提出【第1回期日の2日前】

学校側の解雇理由はいずれも客観的証拠による裏付けが乏しいものでした。また,解雇時に告げていなかった理由を労働審判段階で追加したとしても「後付け」に過ぎません。「改善指導書」が出されていたとしても,些末なミスをとりあげて積み上げたとしても,解雇理由としては不十分です(近時「PIP」と称して改善指導を繰り返して解雇に追い込むケースが増えていますが,些末なミスなどに対して改善指導を繰り返したとしても解雇理由にはなりません。)。以上の答弁書に対する反論を記載した補充書面を第1回期日2日前に弁護士は裁判所に提出しました。答弁書に対する反論を出さない弁護士は多いと聞きますが,たとえ第1回期日の直前であっても当事務所では必ず答弁書に対する反論を記載した補充書面を裁判所へ提出します。なぜなら,裁判所は第1回日の前に答弁書に対する申立人側の見解を知っておきたいと思うのが通常だからです。

(4) 第1回労働審判期日【解雇から約4ヶ月後】

当日,武田さん,吉村(弁護士)にて出席し,学校側は,校長とその弁護士が出席しました。審判官(裁判官)及び労働審判委員より次々と当事者双方に質問がなされました。解雇事件の場合,解雇理由については使用者側が実質的に立証責任を負いますので,校長への質問が数多くなされました。校長は,解雇理由について十分な説明が出来ませんでした。何よりも,退職勧奨に至る酷い発言の数々については,録音ベースでの証拠が出されていましたので弁解のしようがありませんでした。1時間程度の審理を経て,労働審判委員会の評議がなされました。その後,裁判官より,本件解雇は「合理的理由」がそもそもない,という心証が開示されました。すなわち,そもそも解雇の理由がなかったという完全に武田さんの主張が認められる心証となったのです。学校側が必死に食い下がろうとしましたが,審判官は全く相手にせず,心証は変わることはありませんでした。

(5) 第2回期日,第3回期日

その後,話し合いによる解決が試みられました。武田さんは,解雇されて以降,失業保険の仮給付を受けつつ,学校への復帰を考えていました。特に転職活動などはしていなかったのですが,同業の専門学校関係者より武田さんの経歴を買って是非来て欲しいという誘いがありました。労働審判における校長の態度を見て,武田さんはあまりの嘘のオンパレードに呆れ,戻ってこのような人物の下で働くことの意味もないと思うようになりました。そこで,退職を前提にしつつ,その保障を学校にさせることによる解決をすることに武田さんは決めました。最終的には,金銭的には慰謝料込みで約500万円の解決金及び退職金満額,会社都合の合意退職などの調停が成立しました。

5.その後

武田さんは,誘いのあった同業の専門学校へ好待遇での転職が決まり新たな職場でのスタートを踏み出すことになりました。

武田さんからのお礼のメール

CASE02 整理解雇 情報配信会社 菊川さん(40代女性)

事案

菊川さんは,業界情報の配信会社の総務職として中途採用され,約9年間,事務的な仕事に従事し,同社の業績の拡大に貢献してきました。ところが,会社の方針転嫁による業務縮小に伴い菊川さんの業務も消滅するとの理由で賃金の減額変更の打診を受けました。菊川さんが賃金減額を承認しないことを表明したところ,執拗な退職勧奨を受け,ついには整理解雇を受けました。

地位確認等の労働審判により勝訴的調停
解決金 約320万円

ポイント

※括弧内は依頼を受けてからの期間

ポイント1

裁判前に解雇の撤回・賃金の支払いを求めて交渉したが,会社側は解雇が正当であったとして交渉による解決に応じなかった(2ヶ月)

ポイント2

整理解雇の理由を否定する事情(新しい人員の採用や実際には解雇した後の事業縮小は限定的であったこと等)を確認した後,証拠を整理し,解雇の無効を訴えて労働審判手続を申請した(2ヶ月半)。第1回労働審判期日が開かれ審理を行われた。会社側は整理解雇の有効性を主張していましたが,その理由が不十分であることを,会社側の決算書等の客観的証拠に基づいて弾劾し反論をした。その結果,解雇は完全に無効であるとの心証を得ました(約3ヶ月)。その上で,調停による解決が試みられ,第1回の労働審判期日において調停が成立した。調停の内容は菊川さんの主張を全面的に認めた上で,会社都合による合意退職,賃金の1年分に相当する解決金約320万円の支払うとするものであった。

解決に至る経緯

1.紛争の発生

菊川さんは,業界情報配信会社C社の総務職として中途採用されました。入社当初社員も少なく,菊川さんは残業も厭わず出来る仕事は何でもこなし,C社の黎明期を支えました。菊川さんの献身的な貢献もあり会社の規模は順調に拡張していきました。ただ,業界情報のニーズの変化,インターネットを通じた配信技術の変化に伴い,C社も常に変革を厳しく求められました。その過程でC社の業務構造も変化し,専門的な知識技術を持つ人員を多く雇用するようになり,人件費の高騰を招き,会社の利益率も下降することになりました。ただ,そのような業績の低迷は菊川さんには何の責任もありません。しかし,C社の社長は,初期の頃の菊川さんの貢献を忘れ,目の前の利益確保の為に菊川さんを退職させ,より安く雇用できる人員(アルバイト等)の採用した方がよいと安易に考えるようになりました。そして,社長は,菊川さんに対して突如として業務時間の縮小及びそれに伴う賃金の減額を提案しました。その理由は,それまで行ってきたC社の事業をその後は廃止するので,業務が縮小するというものでした。菊川さんは生活の為にそのような提案を受け入れることはできませんでした。すると,社長はあからさまに嫌悪感を示すようになり,その後は「このままいけばあなたの仕事は無くなる。」「賃金減額に応ずるか,又は,退職するかを選んで欲しい。どちらも選ばないならば,解雇という手続に進むことになる。」などと言うようになりました。
そして,C社は菊川さんの特定事業の廃止及び業務縮小を理由に整理解雇を強行しました。
菊川さんは酷い経験にショックを受けましたが,当事務所へ相談に訪れました。

2.相談【解雇直後】

相談では,弁護士は菊川さんより採用から解雇に至る経緯を聴取しました。菊川さんは,社長との面談については殆どの内容を録音していました。また,廃止する事業の収益状況についても売上,経費等の情報を確保しており,また,実際にはその事業は廃止されないという内部情報も得ていました(解雇後も会社の同僚とは連絡が取れる状況となっており,情報の提供を受けました。)。これらの証拠があれば,整理解雇が無効となる可能性は高いことをアドバイスしました。また,会社との戦い方についても具体的にアドバイスをしました。菊川さんは直ちに当事務所へ対応を依頼することにしました。

3.交渉【解雇から2ヶ月】

依頼を受け、弁護士は解雇の撤回・現職復帰等を求める通知書を内容証明郵便で送付しました。会社は弁護士を選任の上回答文書を送ってきました。その内容は整理解雇が正当なものであり、解雇の撤回には応じないという強硬なものでした。他方で,交渉による解決の余地があると言いながらも全く解決の為の提案を行いませんでした。会社の対応からすると交渉の解決はないものと考え、菊川さんと協議の上、労働審判手続を申し立てることにしました。

4.労働審判
(1) 労働審判申立【解雇から2ヶ月程度】

そこで,直ちに証拠を整理し,解雇の無効を訴えて労働審判手続を申請し,申請から約1ヶ月半後に第1回労働審判期日が指定されました。労働審判申立書には事前に会社側が主張していた整理解雇の理由を切り崩す為の主張及び立証を行いました。また,それぞれの事実を裏付ける客観的証拠(社長の発言を録音したデータ,音声反訳文書,特定事業の収支計算書)も整理して提出しました。また,会社に対し決算書等の資料を証拠として提出することを求めました。決算書は会社の経済状況や売上や経費の関係を明らかにする資料であり,整理解雇の理由を切り崩す為の重要なヒントのなる情報が記載されている可能性があります。菊川さんは事前に会社の決算書を確認することは出来ませんでしたので労働審判手続の中で開示を求めたのです。その上で,雇用契約上の地位の確認,解雇後の賃金,解雇によって受けた精神的損害に対する損害賠償を求めました。

(2) 答弁書の提出【第1回期日の1週間前】

これに対し,第1回期日の約1週間前に会社側は答弁書を提出しました。会社側は色々と整理解雇の理由を主張していましたが,事前の交渉段階で主張していたものと大きな差はありませんでした。また,決算書を証拠として提出しました。

(3) 補充書面の提出【第1回期日の前日】

吉村弁護士は,開示された決算書を直ちに精査しました。すると,会社は,業績が悪化しているなどと主張していましたが,社長への高額の役員報酬の支払いはそのままになっていました。また,実際には会社での稼働実績のない親族に対しても報酬名目で支払いを続けるなど会社の業務に関係のない支出が隠されていました。整理解雇は会社の業績悪化などにより人員削減の必要性があるだけではなく,経費削減などを行っても,それでもなお人員整理を行わなければならない場合に初めて認められる解雇です。上記のような高額な役員報酬や親族への不必要な支払いをしている企業には認められるはずはありません。吉村弁護士は,決算書の精査により発見したこのような事情を補充書面に整理して記載し,第1回期日の前日に裁判所へ提出しました。なお,労働審判委員会は第1回期日の前に証拠を確認はしますが,細かい部分にまで見てもらえる訳ではありません。労働審判委員会に提出された証拠を自己に有利に理解してもらいたいのであれば,補充書面に,どの証拠からどのような事情が読み取れるのかを分かりやすく整理した記載しなければなりません。今回のケースにおいても吉村弁護士は決算書から読み取れる事情を表などにまとめて分かりやすく整理した上で補充書面にて提出しました。

(4) 第1回労働審判期日【解雇から約3ヶ月後】

当日,菊川さん,吉村(弁護士)にて出席し,会社側は,社長とその弁護士が出席しました。審判官(裁判官)及び労働審判委員より次々と当事者双方に質問がなされました。解雇事件の場合,解雇理由については使用者側が実質的に立証責任を負いますので,社長への質問が数多くなされました。特に,吉村弁護士が事前に決算書から抽出して書面で提出していた事項について,審判官より追及がなされました。社長は十分な説明が出来ませんでした。45分程度の審理を経て,労働審判委員会の評議がなされました。その後,裁判官より本件整理解雇は理由が不十分であるとの心証が開示されました。すなわち,吉村弁護士が指摘していたとおり,役員報酬や親族への金員の支払いなどがあり人員削減しなければならない程経営状況が悪化していたとは認められないというものでした。その後,引き続き,話し合いによる解決の場が設けられ,当事者別々に交代で審判廷に呼び出されて,意向が確認されました。菊川さん側が呼ばれた際,解決の希望を聞かれました。菊川さんとしては会社に戻ることを希望していましたが,会社の対応を見て,条件次第では会社を退職してもよいという考えに変わっていました。ただ,解雇に至る社長のやり方の酷さに,非常に強い憤りを感じていましたので,解決金としては賃金の1年分を求めることを労働審判委員会に告げました。会社側は,意外にも菊川さんの要求を速やかに応諾しました。労働審判委員会より聞いた話ですと,社長は,今回のケースでは整理解雇が認められないことを理解したことはもちろんですが,菊川さんが入社した当時,当時少数しかいなかった社員の中でも最も頑張ってくれていたことを思い出したとのことでした。社長から直接の謝罪の言葉こそありませんでしたが,社長の言葉を労働審判委員会づてに聞き,菊川さんも納得のいく解決となりました。最終的には,金銭的には慰謝料込みで約320万円の解決金の支払い,会社都合の合意退職などの調停が成立しました。

5.その後

菊川さんは,解雇から約3ヶ月の短期間で,かつ,納得のいく解決が出来たことをきっかけに,転職活動を開始し,新しいスタートを踏み出すことになりました。

菊川さんからのお礼のメール

※その後程なくして菊川さんより連絡を頂き,無事に新しい職場を見つけて頑張っているとの報告を受けました。

CASE04 普通解雇 医療機器メーカー 平林さん(40代男性)

事案

平林さんは,医療機器メーカーD社の営業職として中途採用され就労してきました。平林さんは,D社に入社する前にも医療機器メーカーの営業職の経験がありましたが,営業成績の結果が表れるには1年以上の期間は通常かかります。医療機器の専門知識の習得の他,営業先の病院や医師との信頼関係の構築にはそれなりの時間がかかるのは当たり前だからです。また,平林さんが任された営業先は難しい営業先ばかりでした。ところが,平林さんは,採用後わずか1年を経過した頃,突然,営業職を外された上,営業成績不良を理由に解雇を予告されました。

地位確認等の労働審判により勝訴的調停
解決金 約700万円

ポイント

※括弧内は依頼を受けてからの期間

ポイント1

裁判前に解雇の撤回・賃金の支払いを求めて交渉したが,会社側は解雇が正当であったとして交渉による解決に応じなかった(1ヶ月)

ポイント2

そこで,直ちに証拠を整理し,解雇の無効を訴えて労働審判手続を申請した(2ヶ月)。第1回労働審判期日が開かれ審理を行われた。平林さん側の主張は多くの客観的証拠に裏付けられているのに対し,会社側の主張は客観的証拠に乏しく,かつ,証人としては人事担当役員だけであり,直接の証人は出廷させなかった。その結果,解雇は完全に無効であるとの心証を得た(約3ヶ月半)。その上で,調停による解決が試みられたが,第2回の労働審判期日において調停が成立した(4ヶ月)。調停の内容は平林さんの主張を全面的に認めた上で,会社都合による合意退職,解決金約700万円の支払い,退職金全額とするものであった。

解決に至る経緯

1.紛争の発生

平林さんは,医療機器メーカーD社の営業職として中途採用されました。特殊医療機器を病院の医師に営業する業務を行っていました。平林さんは前任の営業担当者より一部の顧客は引き継ぎましたが,半分以上が新規同然の顧客に営業をしなければなりませんでした。医療機器の営業は医師との信頼関係を構築しなければ実現することはできません。その為には医療機器に関わる専門知識の習得をするのみならず,足繁く医師の下を訪問し適切にプレゼンテーションを行わなければなりません。営業成績という形に表れるのは少なくとも1年以上の時間がかかるのが通常でした。しかし,D社は適切な営業の指導などを行わずに,わずか1年足らずの期間における平林さんの営業成績から「勤務不良,戦力外」との結論を出しました。すなわち,入社後1年を経過した頃にD社は平林さんに対して解雇を通告しました。平林さんは酷い経験にショックを受け,当事務所へ相談に訪れました。

2.相談【解雇直後】

相談では,弁護士は平林さんより採用から解雇に至る経緯を聴取しました。平林さんは,これまでの解雇に至る経緯を整理してメモを作成しまいた。また,営業成績に関する客観的資料も証拠として確保していました。これらの証拠があれば,ほぼ間違いなく解雇は無効になることをアドバイスしました。また,会社との戦い方についても具体的にアドバイスをしました。平林さんは直ちに当事務所へ対応を依頼することにしました。

3.交渉【解雇から1ヶ月】

依頼を受け、弁護士は直ちに解雇の撤回・現職復帰等を求める通知書を内容証明郵便で送付しました。会社は弁護士を選任の上回答文書を送ってきました。その内容は解雇が正当なものであり、解雇の撤回には応じないという強硬なものでした。会社の対応からすると交渉の解決はないものと考え、平林さんと協議の上、労働審判手続を申し立てることにしました。

4.労働審判
(1) 労働審判申立【解雇から2ヶ月後】

そこで,直ちに証拠を整理し,解雇の無効を訴えて労働審判手続を申請し,申請から約1ヶ月半後に第1回労働審判期日が指定されました。労働審判申立書には採用から解雇に至る経緯を時系列的に具体的詳細に整理した主張を記載しました。D社が事前に開示していた解雇理由に対する反論についても予め具体的に記載しました。また,それぞれの事実を裏付ける客観的証拠(営業成績の結果表,メールなど)も整理して提出しました。その上で,雇用契約上の地位の確認,解雇後の賃金,解雇によって受けた精神的損害に対する損害賠償を求めました。

(2) 答弁書の提出【第1回期日の1週間前】

これに対し,第1回期日の約1週間前に会社側は答弁書を提出しました。D社は解雇理由を,解雇時に告げていなかった理由まで色々と追加してきました。また,改善指導をしてきたが平林さんがそれに従わなかったなどと主張しました。

(3) 補充書面の提出【第1回期日の2日前】

会社側の解雇理由はいずれも客観的証拠による裏付けが乏しいものでした。また,平林さんが保有する営業成績に関する客観的証拠と矛盾するものでした。さらに,そもそも解雇は行っておらず,合意退職が成立していたなどという主張までしていました。合意退職などという反論を行う企業は結局解雇の有効性を主張立証できないことを自ら露呈しているに過ぎません。また,そもそも退職の合意の事実はなく,合意文書などの確定的証拠もありませんでした。以上の答弁書に対する反論を記載した補充書面を第1回期日前に吉村弁護士は裁判所に提出しました。答弁書に対する反論を出さない弁護士は多いと聞きますが,たとえ第1回期日の直前であっても当事務所では必ず答弁書に対する反論を記載した補充書面を裁判所へ提出します。なぜなら,裁判所は第1回日の前に答弁書に対する申立人側の見解を知っておきたいと思うのが通常だからです。

(4) 第1回労働審判期日【解雇から約2ヶ月半後】

当日,平林さん,吉村(弁護士)にて出席し,会社側は,校長とその弁護士が出席しました。審判官(裁判官)及び労働審判委員より次々と当事者双方に質問がなされました。解雇事件の場合,解雇理由については使用者側が実質的に立証責任を負いますので,会社側の担当者への質問が数多くなされました。担当者は,解雇理由について十分な説明が出来ませんでした。また,拙速にも解雇を行う経緯についても合理的な説明ができませんでした。その後,裁判官より,本件解雇は,合理的理由に乏しく,かつ,労働者へ十分なチャンスを与えずに拙速に行った解雇であり無効である,という心証が開示されました。すなわち,完全に平林さんの主張が認められる心証となったのです。会社側が必死に食い下がろうとしましたが,審判官は全く相手にせず,心証は変わることはありませんでした。

(5) 第2回期日

その後,話し合いによる解決が試みられました。平林さんは,解雇されて以降,失業保険の仮給付を受けつつ,会社への復帰を考えていました。特に転職活動などはしていなかったのですが,同業の専門会社関係者より平林さんの経歴を買って是非来て欲しいという誘いもありました。労働審判における会社側の態度を見て,平林さんは呆れ,戻ってこのような人物の下で働くことの意味もないと思うようになりました。そこで,退職を前提にしつつ,その保障を会社にさせることによる解決をすることに平林さんは決めました。最終的には,金銭的には慰謝料込みで約700万円の解決金,会社都合の合意退職などの調停が成立しました。

5.その後

平林さんは,誘いのあった同業の会社へ好待遇での転職が決まり新たな職場でのスタートを踏み出すことになりました。

CASE05 試用期間満了 システム開発会社 恩田さん(30代男性)

事案

恩田さんは,システム開発会社E社のシステムエンジニア(SE)として中途採用されました。恩田さんは,E社に入社する前にもSEの経験がありましたが,E社における業務は恩田さんにとって経験のないものも含まれ、かつ、E社のシステムは独自に開発されたシステムであり、その仕様や内容についての実践的な知識を習得する必要がありました。それゆえ、採用にあたっては、最低でも数ヶ月は知識や新たに必要となるスキルの習得期間とすることが合意されていました。ところが,恩田さんは,採用後わずか2ヶ月を経過した頃,突然,コミュニケーション能力不足を理由に解雇されました。

地位確認等の労働審判により勝訴的労働審判及び訴訟での勝訴的和解
解決金 約500万円

ポイント

※括弧内は依頼を受けてからの期間

ポイント1

裁判前に解雇の撤回・賃金の支払いを求めて交渉したが,会社側は解雇が正当であったとして交渉による解決に応じなかった(1ヶ月)

ポイント2

そこで,直ちに証拠を整理し,解雇の無効を訴えて労働審判手続を申請した(2ヶ月)。第1回労働審判期日が開かれ審理を行われた。会社側の主張は客観的証拠に乏しく,かつ,証人を多数出席させていたが,いずれも曖昧な供述に終始し、信憑性に欠けるものであった。その結果,解雇は完全に無効であるとの心証を得た(2ヶ月)。その上で,調停による解決が試みられたが,会社側は解雇は有効であると譲らず,調停は成立しなかった。その結果,第3回の労働審判期日において労働審判がなされた(3ヶ月)。しかし,会社側は労働審判に対して異議申立をした為,訴訟に手続が移行した。

ポイント3

訴訟手続においても,会社側は争う姿勢を変えず,証人尋問まで行うことになった。しかし,裁判所の心証は的確な労働審判でも変わらず,解雇は無効であるとの心証が開示された。その後,裁判所から和解勧告がなされ,労働審判の内容の2倍の解決金水準により和解が成立した(約1年3ヶ月)

解決に至る経緯

1.紛争の発生

恩田さんは,シムテム開発会社E社のSEとして中途採用されました。恩田さんは前職でもE社に入社する前にもSEの経験がありましたが,E社における業務は恩田さんにとって経験のないものも含まれ、かつ、E社のシステムは独自に開発されたシステムであり、その仕様や内容についての実践的な知識を習得する必要がありました。それゆえ、採用にあたっては、最低でも数ヶ月は知識や新たに必要となるスキルの習得期間とすることが合意されていました。ところが,E社では恩田さんに対する教育はなされず,もっぱら自分でマニュアルを読み込んで独学したり,先輩社員の仕事現場に数回立ち会うという程度の機会しか与えられませんでした。恩田さんは与えられた条件の中で最大限努力をし,知識の習得等に励みました。そして,採用から1ヶ月半程度経過した段階で上司のスキルテストを受けました。テストの結果,E社の要求水準を若干下回る結果となりましたが,改善の余地はあるとのことで再度テストを受けることになりました。再テストでは改善がなされ概ね水準に達しており,後は実践で知識やスキルを身につけるよう上司から評価されました。そして,研修期間を経ていよいよ現場での仕事に就くことが予定されていました。その矢先,恩田さんは上司に呼び出され,突如として解雇を通告されました。恩田さんは突然のことに納得がいかず,その理由を上司に確認しましたが,「」などと曖昧な理由しか伝えられませんでした。その後,恩田さんは別の法律事務所へ相談に行きましたが,弁護士より「個人が会社に裁判で勝つのは難しい」などと言われと依頼を断られました。もっともどうしても納得がいかなかった恩田さんは,当事務所のホームページを見て,労働問題を専門に扱っている弁護士に最後に相談しようと考え,当事務所へ相談に訪れました。

2.相談【解雇直後】

相談では,弁護士は恩田さんより採用から解雇に至る経緯を聴取しました。恩田さんは,手持ちの証拠自体は保有していませんでしたが,採用から解雇に至る事実関係を確認したところ,解雇は有効にはならないことは明らかでした。事実がそうである以上,会社は解雇を正当化する為の証明も出来ません。吉村弁護士は,ほぼ間違いなく解雇は無効になることをアドバイスしました。また,会社との戦い方についても具体的にアドバイスをしました。恩田さんは直ちに当事務所へ対応を依頼することにしました。

3.交渉【解雇から1ヶ月】

依頼を受け、弁護士は直ちに解雇の撤回・現職復帰等を求める通知書を内容証明郵便で送付しました。会社は弁護士を選任せずに回答文書を送ってきました。その内容は試用期間満了による本採用拒否(解雇)が正当なものであり、解雇の撤回には応じないという強硬なものでした。会社の対応からすると交渉の解決はないものと考え、恩田さんと協議の上、労働審判手続を申し立てることにしました。

4.労働審判
(1) 労働審判申立【解雇から2ヶ月後】

そこで,直ちに証拠を整理し,解雇の無効を訴えて労働審判手続を申請し,申請から約1ヶ月半後に第1回労働審判期日が指定されました。労働審判申立書には採用から解雇に至る経緯を時系列的に具体的詳細に整理した主張を記載しました。D社が事前に開示していた解雇理由に対する反論についても予め具体的に記載しました。また,それぞれの事実を裏付ける客観的証拠(営業成績の結果表,メールなど)も整理して提出しました。その上で,雇用契約上の地位の確認,解雇後の賃金,解雇によって受けた精神的損害に対する損害賠償を求めました。

(2) 答弁書の提出【第1回期日の1週間前】

これに対し,第1回期日の約1週間前に会社側は答弁書を提出しました。D社は解雇理由を,解雇時に告げていなかった理由まで色々と追加してきました。また,改善指導をしてきたが平林さんがそれに従わなかったなどと主張しました。

(3) 補充書面の提出【第1回期日の直前】

会社側の解雇理由はいずれも客観的証拠による裏付けが乏しいものでした。また,平林さんが保有する営業成績に関する客観的証拠と矛盾するものでした。さらに,そもそも解雇は行っておらず,合意退職が成立していたなどという主張までしていました。合意退職などという反論を行う企業は結局解雇の有効性を主張立証できないことを自ら露呈しているに過ぎません。また,そもそも退職の合意の事実はなく,合意文書などの確定的証拠もありませんでした。以上の答弁書に対する反論を記載した補充書面を第1回期日前に吉村弁護士は裁判所に提出しました。答弁書に対する反論を出さない弁護士は多いと聞きますが,たとえ第1回期日の直前であっても当事務所では必ず答弁書に対する反論を記載した補充書面を裁判所へ提出します。なぜなら,裁判所は第1回日の前に答弁書に対する申立人側の見解を知っておきたいと思うのが通常だからです。

(4) 第1回労働審判期日【解雇から約2ヶ月】

当日,平林さん,吉村(弁護士)にて出席し,会社側は,校長とその弁護士が出席しました。審判官(裁判官)及び労働審判委員より次々と当事者双方に質問がなされました。解雇事件の場合,解雇理由については使用者側が実質的に立証責任を負いますので,会社側の担当者への質問が数多くなされました。担当者は,解雇理由について十分な説明が出来ませんでした。また,拙速にも解雇を行う経緯についても合理的な説明ができませんでした。その後,裁判官より,本件解雇は,合理的理由に乏しく,かつ,労働者へ十分なチャンスを与えずに拙速に行った解雇であり無効である,という心証が開示されました。すなわち,完全に平林さんの主張が認められる心証となったのです。会社側が必死に食い下がろうとしましたが,審判官は全く相手にせず,心証は変わることはありませんでした。

(5) 第2回期日

上記調停は第3回期日まで続きましたが,E社の結論は変わりませんでした。その結果,裁判所は,解決金として250万円を支払う旨の労働審判がなされました。

(6) 第2回期日

その後,話し合いによる解決が試みられました。平林さんは,解雇されて以降,失業保険の仮給付を受けつつ,会社への復帰を考えていました。特に転職活動などはしていなかったのですが,同業の専門会社関係者より平林さんの経歴を買って是非来て欲しいという誘いもありました。労働審判における会社側の態度を見て,平林さんは呆れ,戻ってこのような人物の下で働くことの意味もないと思うようになりました。そこで,退職を前提にしつつ,その保障を会社にさせることによる解決をすることに平林さんは決めました。最終的には,金銭的には慰謝料込みで約700万円の解決金,会社都合の合意退職などの調停が成立しました。

5.訴訟手続

訴訟手続に移行した後も,会社側は労働審判段階と全く同様の主張立証しか行わず,訴訟手続の裁判官も労働審判段階と同様に解雇は無効であるとの心証を持ちましたが,E社はあくまでも徹底的に争いました。
労働審判手続と同様に,当方は解雇の無効を主張し,かつ,相手方が提出した恩田さんの業務日報をベースに会社側の主張を徹底的に争いました。また,恩田さんが保有していた音声データも新たな証拠として提出しました。そして,勝敗は,証人尋問を経て決せられることになりました。
E社はSE部の部長,恩田さんの同僚社員数名を証人として申請しました。そして,陳述書どおりの証言をしました。しかし,証人の証言は,相手方からの反対尋問を経て,その信憑性が検証されます。いくら主尋問(味方側が行う尋問)でスラスラと答えられたとしても,そんなものは事前に準備できるため当たり前です。反対尋問(敵対する弁護士による尋問)に適切に回答できなければ信憑性はないと判断されます。吉村弁護士は,E社側の証人に対して,客観的証拠を突きつけながら,主尋問で行っていた証言を次々と矛盾点を指摘して嘘を暴き,証言内容の不合理さを明らかにしました。その結果,E社側の証人の証言は信用性がなく,およそ解雇理由を正当化できるものではないとの心証を得ることになりました。
証人尋問後,裁判官は心証を開示し,和解を勧告しました。また,裁判所の和解案を提示しまいた。
会社側はこの段階でも争う姿勢を見せ続けました。しかし,いよいよ弁論が終結され判決言い渡し期日が決められる段階に至り,会社側はやっと和解に応ずることを表明しました。
ところで,恩田さんは、解雇後数ヶ月間は失業保険(仮給付)を受けつつ,会社に解雇を撤回させた後は会社に復帰する意向でしたが、他方で,最後まで不合理に争うE社に姿勢に呆れ果て,もはや戻って勤務する価値がないと考えるようになっていました。そこで,労働審判の内容の2倍の解決金を支払うことによる和解が成立しました。

6.その後

恩田さんは,同業の会社へ好待遇での転職が決まり新たな職場でのスタートを踏み出すことになりました。

恩田さんからのお礼のメール

CASE06 懲戒解雇 食品加工会社 北本さん(50代男性)

事案

北本さんは,食品加工会社の営業職として中途採用され,F社の業績の拡大に貢献してきました。ところが,突然,F社の社長に呼び出され,「辞めてくれないか」と言われ,退職合意書にサインをするよう求められました。北本さんが理由を尋ねると,社長は,北本さんの営業成績は申し分ないと言いながらも,北本さんがいると職場の雰囲気が悪くなる,経営が厳しいので身を引いてほしいなどと曖昧な理由だけを告げました。北本さんはこれを拒否したことろ,社長は「辞めてもらうことは決定事項であり変更しない,退職勧奨に応じなければ解雇する。1週間以内に結論を出すように。」などと強硬な態度をとり続けました。それでも北本さんは退職する意思がないことを伝えると,F社は,解雇理由を並べ立てた上で,懲戒解雇を通告しました。

地位確認等の労働審判により勝訴的調停
解決金 約200万円

ポイント

※括弧内は依頼を受けてからの期間

ポイント1

会社から退職勧奨がなされた直後より当事務所が代理人として退職勧奨の拒否を行った。しかし,会社は懲戒解雇を強行した。そのため,裁判前に解雇の撤回・賃金の支払いを求めて交渉したが,会社側は解雇が正当であったとして交渉による解決に応じなかった(2ヶ月)

ポイント2

そこで,直ちに証拠を整理し,解雇の無効を訴えて労働審判手続を申請した(3ヶ月半)。第1回労働審判期日が開かれ審理を行われた。会社側は,解雇後に解雇理由を追加して主張を行ってきたものの,会社側の主張は客観的証拠に裏付けられない曖昧なものであった。他方で,北本さんの主張は多くの客観的証拠に裏付けられており,かつ,常識的な主張となっていた。その結果,解雇は無効であるとの裁判所の心証を得た(4ヶ月半)。その上で,調停による解決が試みられたが,第2回の労働審判期日において調停が成立した(5ヶ月半)。調停の内容は武田さんの主張を全面的に認めた上で,会社都合による合意退職,解決金約200万円の支払いとするものであった。

解決に至る経緯

1.紛争の発生

北本さんは,食品加工会社のF社の営業職として中途採用されました。当初は契約社員として採用されたものの,その能力及び成果が認められ,採用後1年で正社員として登用されました。大手商社への営業のほか,会社にとって利益率の高い直販ルートの開拓に貢献し,直販部門にて年4億円の売り上げを上げました。
ところが,採用から4年後,F社の社長より呼び出され,「辞めてくれないか」と退職勧奨を受けました。退職合意書も示され,サインをすることを執拗に求められました。北本さんが理由を尋ねると,社長は,北本さんの営業成績は申し分ないと言いながらも,北本さんがいると職場の雰囲気が悪くなる,経営が厳しいので身を引いてほしいなどと曖昧な理由だけを告げました。北本さんはこれを拒否したことろ,社長は「辞めてもらうことは決定事項であり変更しない,退職勧奨に応じなければ解雇する。1週間以内に結論を出すように。」などと強硬な態度をとり続けました。それでも北本さんは退職する意思がないことを伝えると,F社は,解雇理由を並べ立てた上で,懲戒解雇を通告しました。
北本さんは酷い経験にショックを受けましたが,当事務所へ相談に訪れました。

2.相談【退職勧奨直後】

会社から退職勧奨がなされ,執拗に退職合意書へのサインを求められた北本さんは,「このままでは本当に解雇されるかもしれない。解雇されたら生活の糧を失い,路頭に迷いかねない。会社を相手に戦っても,会社は総力を挙げて解雇の理由をでっちあげてくるはずだ。果たして勝てるのだろうか?負けるくらいなら,いっそ退職合意書にサインして楽になった方がいいのではないか?」と悩み抜きました。ただ,北本さんはどうしても納得ができませんでした。「なぜ俺がクビにならなければならないんだ。誰よりも会社の売り上げに命をかけてきたのに。納得がいかない。」。そこで,ホームページを確認の上,当事務所へ相談に訪れました。相談では,弁護士は北本さんより採用からの経緯を聴取しました。北本さんはこれまでの経緯を時系列に整理したメモを作成し持参していましたので,それも参考にしました。弁護士の目から見て,確かに,北本さんに全く落ち度が無かったとは言い切れない事実もありました。しかし,それらの落ち度があったことを踏まえたとしても,懲戒解雇は重すぎる処分である,弁護士はそのようにアドバイスしました。また,会社との戦い方についても具体的にアドバイスをしました。自分にとって弱点ともいえる部分を隠すことなく指摘しながらも,「懲戒解雇は重すぎる」と明言した弁護士の言葉は北本さんの心に響きました。また,この弁護士にかけよう,そう思った北本さんは,直ちに当事務所へ対応を依頼することにしました。

3.交渉【解雇から2ヶ月】

依頼を受け、弁護士は直ちに解雇の撤回・現職復帰等を求める通知書を内容証明郵便で送付しました。会社は弁護士を選任の上回答文書を送ってきました。その内容は解雇が正当なものであり、解雇の撤回には応じないという強硬なものでした。会社の対応からすると交渉の解決はないものと考え、北本さんと協議の上、労働審判手続を申し立てることにしました。

4.労働審判
(1) 労働審判申立【解雇から3ヶ月半後】

そこで,直ちに証拠を整理し,解雇の無効を訴えて労働審判手続を申請し,申請から約1ヶ月半後に第1回労働審判期日が指定されました。労働審判申立書には採用から解雇に至る経緯を時系列的に具体的詳細に整理した主張を記載しました。会社側が事前に開示していた解雇理由に対する反論についても予め具体的に記載しました。また,それぞれの事実を裏付ける客観的証拠も整理して提出しました。その上で,雇用契約上の地位の確認,解雇後の賃金,解雇によって受けた精神的損害に対する損害賠償を求めました。

(2) 答弁書の提出【第1回期日の1週間前】

これに対し,第1回期日の約1週間前に会社側は答弁書を提出しました。会社側は解雇理由を,解雇時に告げていなかった理由まで色々と追加してきました。

(3) 補充書面の提出【第1回期日の2日前】

会社側の解雇理由はいずれも客観的証拠による裏付けが乏しいものでした。また,解雇時に告げていなかった理由を労働審判段階で追加したとしても「後付け」に過ぎません。北本さんの解雇理由として,些末な出来事をとりあげて積み上げたとしても,解雇理由としては不十分です(些末な出来事をいくら積み上げても解雇理由としては不十分です。)。以上の答弁書に対する反論を記載した補充書面を第1回期日2日前に弁護士は裁判所に提出しました。答弁書に対する反論を出さない弁護士は多いと聞きますが,たとえ第1回期日の直前であっても当事務所では必ず答弁書に対する反論を記載した補充書面を裁判所へ提出します。なぜなら,裁判所は第1回日の前に答弁書に対する申立人側の見解を知っておきたいと思うのが通常だからです。

(4) 第1回労働審判期日【解雇から約4ヶ月半後】

当日,北本さん,当事務所の弁護士にて出席し,会社側は,社長とその弁護士が出席しました。審判官(裁判官)及び労働審判委員より次々と当事者双方に質問がなされました。解雇事件の場合,解雇理由については使用者側が実質的に立証責任を負いますので,社長への質問が数多くなされました。しかし,社長は,解雇理由について十分な説明が出来ませんでした。その後,裁判官より,本件解雇は正当ではない,という心証が開示されました。すなわち,そもそも解雇は無効であるとの北本さんの主張が認められる心証となったのです。会社側が必死に食い下がろうとしましたが,審判官は全く相手にせず,心証は変わることはありませんでした。

(5) 第2回期日

その後,話し合いによる解決が試みられました。武田さんは,北本されて以降,失業保険の仮給付を受けつつ,会社への復帰を考えていました。特に転職活動などはしていなかったのですが,他の会社より北本さんの実績を買って是非来て欲しいという誘いがありました。解雇以降の社長の態度を見て,北本さんはあまりに不誠実な態度に,戻ってこのような人物の下で働くことの意味もないと思うようになりました。そこで,退職を前提にしつつ,その保障を会社にさせることによる解決をすることに武田さんは決めました。最終的には,金銭的には慰謝料込みで約200万円の解決金及び会社都合の合意退職などの調停が成立しました。

5.その後

北本さんは,誘いのあった他の会社へ好待遇での転職が決まり新たな職場でのスタートを踏み出すことになりました。

北本さんからのアンケート回答

CASE07 普通解雇 飲食店社員 手島さん(40代女性)

事案

手島さんは,和食専門店を展開するF社の役員秘書兼事務スタッフとして中途採用されました。当初は店舗スタッフとしても勤務をしていましたが,与えられた仕事をこなし,勤務態度には全く問題はありませんでした。ところで,手島さんは,採用後,E社の男性役員と交際していました。もっとも,手島さんと役員は,業務時間外に食事を共にするといった関係に過ぎず,当然のことながら職場ではお互い社会人として良識ある態度で接していたため,交際関係によって,E社の業務に支障が生じさせたことはありませんでした。ところが,手島さんと役員の交際関係がF社のオーナーの知るところになりました。オーナーは「役員との交際関係にあるのは不適切である」という理由で,手島さんを解雇しました。

地位確認等の労働審判により勝訴的調停
解決金 月給の半年分

ポイント

※括弧内は依頼を受けてからの期間

ポイント1

裁判前に解雇の撤回・賃金の支払いを求めて交渉したが,会社側は解雇が正当であったとして交渉による解決に応じなかった(約1ヶ月)

ポイント2

そこで,直ちに証拠を整理し,解雇の無効を訴えて労働審判手続を申請した(1ヶ月半)
第1回労働審判期日が開かれ審理を行われた。手島さん側の主張は多くの客観的証拠に裏付けられているのに対し,会社側の主張は客観的証拠に乏しく,かつ,そもそも解雇理由は社内恋愛を理由とするものであり到底認められるものではなかった。その結果,解雇は完全に無効であるとの心証を得た(3ヶ月半)。その上で,調停による解決が試みられたが,第2回の労働審判期日において調停が成立した(5ヶ月半)。調停の内容は手島さんの主張を全面的に認めた上で,会社都合による合意退職,解決金として月給の半年分相当額の支払いをするものであった。

解決に至る経緯

1.紛争の発生

40代女性の手島さんは,和食専門店を展開するF社の役員秘書兼事務スタッフとして中途採用されました。手島さんはいわゆるシングルマザーであり,高校生の一人娘を養っていました。F社に入社前は,昼間は不動産会社の事務の派遣社員として勤務し,夜は別の飲食点でアルバイトをして,必死に家計を支えていました。F社で正社員の求人募集が公募されていたことを知り応募し,面接をした結果,前記のとおり採用されることとなりました。手島さんは,正社員の職を手に入れ,夜のアルバイトを辞め,F社の仕事に専念しました。田中さんはその明るい性格と過去の職務経験がありましたので,F社の和食飲食店のスタッフとしての仕事を手伝いながら,役員秘書及び店舗事務を問題なくこなしていました。そのような献身的な仕事振りに役員は感心していたところ,いつしか手島さんと男性役員(50代独身)は交際するようになりました。もっとも,手島さんも男性役員も良識ある社会人です。プライベートで交際関係にあったとしても,職場ではそのことを明かさず,周囲に知られるうこともなく,支障もなく,仕事に励んでいました。ところが,ひょんなことから,手島さんと役員の交際関係をF社のオーナー社長が知ることになりました。男性役員は,上記のとおりプライベートと仕事は完全に分けており,全く問題はないことを釈明しましたが,オーナー社長は不謹慎であるとの考え方の下,役員に対して手島さんを退職させるように命じました。役員は抵抗しましたが,最終的にはオーナー社長の命令に背くことはできず,手島さんに対して解雇通知を出すことになりました。手島さんは,せっかく手にした正社員の職をわずか1年で失うことになり,また,生活そして子供の養育の為の収入が絶たれ途方に暮れました。

2.相談【解雇直後】

手島さんは,まずは弁護士ポータルサイトにアクセスの上,他の弁護士にメールや電話などで相談をしました。すると,「社内恋愛したのだから,解雇されてもやむを得ない。」「やっても負ける。」などと弁護士より回答され絶望的な気持になりました。なお,現在は無料で簡易に法律相談するツールとして弁護士ポータルサイトが存在し便利に利用できるようになっています。しかし,注意しなければならないのは,必ずしも回答が正確ではないということです。残念なことですが,専門外であるにもかかわらず弁護士が不正確な回答をするケースもあります。そのような回答で職業人生を左右されるのは残念なことです。手島さんは,どうしても納得がいかずに,労働問題を専門とする当事務所のホームページをご覧になりご相談にお越しになりました。
相談では,吉村弁護士は手島さんより採用から解雇に至る経緯を聴取しました。手島さんは,これまでの経緯を克明にメモにしていました。また,解雇通知書なども持参していました。これらの説明や資料に基づいて,吉村弁護士は,ほぼ間違いなく解雇は無効になることをアドバイスしました。また,会社との戦い方についても具体的にアドバイスをしました。手島さんは直ちに当事務所へ対応を依頼することにしました。

3.交渉【解雇から1ヶ月】

依頼を受け、吉村弁護士は直ちに解雇の撤回・現職復帰等を求める通知書を内容証明郵便で送付しました。会社は,弁護士を選任せず,オーナー社長と電話及び面談により交渉をすることになりました。オーナー社長は,当初は復職をしてもらっても構わないなどと提案をしました。それに対し,手島さんは,当然のことながら正社員の職に戻れるのであればそうしたいと考えていましたので,復職をすることを申し入れました。ところが,オーナー社長は,自ら復職を提案しておきながら「他の社員にも聞いてみてから決める」などと述べた上で,後日,やはり復職は受け入れられないなどと矛盾した態度を取りました。その上で,月給の3ヶ月分相当を解決金で支払うことによる解決を提案してきました。オーナー社長の思惑としては,手島さんが本当は復職しないであろうと見込んで,復職させる意思がないにもかかわらず,形ばかり復職を提案したに過ぎなかったのでしょう。その当てが外れた為,解決金の提案をしてきたと思われます。当事務所における解雇に対する戦い方は,まずは復職するという原則に基づいています。オーナー社長の思惑などにとらわれず,復職を求めました。仮に復職を受け入れられないのであれば,相応の金銭的保障を提案するべきなのですが,上記月給の3ヶ月分程度の金銭では手島さんは全く納得ができませんでした。その後も,オーナー社長との交渉を試みましたが,意見を変えることはありませんでした。挙げ句の果て,解雇は件の男性役員が勝手に行ったことであり,F社の意思表示でない,などという荒唐無稽な主張をし始めました。解雇については,解雇通知書を発行している以上,その様な矛盾した主張など認められるはずはありません。会社の対応からすると交渉の解決はないものと考え、手島さんと協議の上、労働審判手続を申し立てることにしました。

4.労働審判
(1) 労働審判申立【解雇から1ヶ月半後】

そこで,直ちに証拠を整理し,解雇の無効を訴えて労働審判手続を申請し,申請から約1ヶ月半後に第1回労働審判期日が指定されました。労働審判申立書には採用から解雇に至る経緯を時系列的に具体的詳細に整理した主張を記載しました。そして,交渉段階で会社側が事前に開示していた解雇理由や主張に対する反論についても予め具体的に記載しました。また,それぞれの事実を裏付ける客観的証拠(解雇通知書,離職票など)も整理して提出しました。その上で,雇用契約上の地位の確認,降格・降給によって減らされた分の賃金,解雇後の賃金,解雇によって受けた精神的損害に対する損害賠償を求めました。

(2) 答弁書の提出【第1回期日の1週間前】

これに対し,第1回期日の約1週間前に会社側は答弁書を提出しました。会社は,まずは解雇をしていない,という交渉において行っていた主張をしました。その上で,解雇であるとしても理由があったなどと主張しました。ただし,その解雇理由は,社内恋愛をしたことではなく,手島さんが能力不足であったことや店舗閉鎖に伴う人員削減の必要性があったなどと新たな理由を追加してきました。

(3) 補充書面の提出【第1回期日の2日前】

「解雇を行っていない」という主張は,実はF社のみならず,解雇理由が乏しいと考えた会社が事後的に時々行う主張です。しかし,今回のケースではF社名義の解雇通知書を発行していた以上,解雇の意思表示自体をしていないという主張は全く通るはずがありません。
また,当初述べていない新たな解雇の理由を,裁判になった後になって追加するというのも,戦況が不利になったと考えた会社が行う常套手段です。もちろん,事後的に追加した解雇理由は,殆どの場合「後付け」に過ぎず解雇理由とはなりえないことが多いです。今回のケースでも後付けの解雇理由は,客観的証拠の伴わない単なる作り話に過ぎませんでした。
以上の答弁書に対する反論を記載した補充書面を第1回期日2日前に吉村弁護士は裁判所に提出しました。答弁書に対する反論を出さない弁護士は多いと聞きますが,たとえ第1回期日の直前であっても,当事務所では必ず答弁書に対する反論を記載した補充書面を裁判所へ提出します。なぜなら,裁判所は第1回日の前に答弁書に対する申立人側の見解を知っておきたいと思うのが通常だからです。

(4) 第1回労働審判期日【解雇から約4ヶ月後】

当日,手島さん,吉村(弁護士)にて出席し,会社は,オーナー社長とその弁護士が出席しました。審判官(裁判官)及び労働審判委員より次々と当事者双方に質問がなされました。労働審判委員会は,まずは解雇をしていないという会社側の主張を一蹴しました。その後,解雇理由の審理に移りました。解雇事件の場合,解雇理由については使用者側が実質的に立証責任を負いますので,オーナー社長への質問が数多くなされました。オーナー社長は,解雇理由について十分な説明が出来ませんでした。もともと社内恋愛を理由に解雇をしたのですが,それ以上に説明のしようはありません。後付けの解雇理由についても,しどろもどろでオーナー社長は説明をしていましたが,労働審判委員会は全く信用しませんでした。1時間程度の審理を経て,労働審判委員会の評議がなされました。その後,裁判官より,本件解雇は「合理的理由」がそもそもない,という心証が開示されました。すなわち,そもそも解雇の理由がなかったという完全に手島さんの主張が認められる心証となったのです。会社側が必死に食い下がろうとしましたが,審判官は全く相手にせず,心証は変わることはありませんでした。

(5) 第2回期日

その後,話し合いによる解決が試みられました。手島さんは,解雇されて以降,失業保険の仮給付を受けつつ,会社への復帰を考えていました。しかし,労働審判におけるオーナー社長の態度を見て,手島さんはあまりの嘘のオンパレードに呆れ,戻ってこのような人物の下で働くことの意味もないと思うようになりました。また,交際していた男性役員もF社に見切りを付けて退職していまいした。そこで,退職を前提にしつつ,その保障を会社にさせることによる解決をすることに手島さんは決めました。最終的には,金銭的には慰謝料込みで月給の約半年分の解決金,会社都合の合意退職などの調停が成立しました。

5.その後

手島さんは,その後,男性役員が起業した会社にて働くことになりました。男性役員は非常に有能な人物であり,順調に事業をスタートしたとのことです。手島さんは,新たな職場でのスタートを踏み出すことになりました。

CASE08 普通解雇 IT企業勤務 鹿沼さん(40代男性)

事案

鹿沼さんは,外資系IT企業G社において,システムエンジニアとして働いていました。鹿沼さんは,システムエンジニアとして何ら問題なく勤務を継続していました。ただ,あるとき経験の無いシステムを取り扱う部署へ配属され,不慣れな為,通常よりは多少時間をかけて仕事を行いました。ところが,数ヶ月後,いきなり指導と称するメールが鹿沼さんに送られ,ついには会社の人事部より解雇を通告されました。

地位確認等の労働審判により勝訴的調停
解決金 月給の1年分

ポイント

※括弧内は依頼を受けてからの期間

ポイント1

裁判前に解雇の撤回・賃金の支払いを求めて交渉したが,会社側は解雇が正当であったとして交渉による解決に応じなかった(約3ヶ月)

ポイント2

交渉が難航していたところ,会社より地位不存在労働審判の申立がなされた。当方としては,直ちに解雇が無効である旨の答弁書を提出すると共に,反対に,証拠を整理し,解雇の無効を訴えて労働審判手続を申請した(約3ヶ月半)。第1回労働審判期日が開かれ審理を行われた。鹿沼さん側の主張は多くの客観的証拠に裏付けられているのに対し,会社側の主張は客観的証拠に乏しく,解雇理由は認められるものではなかった。その結果,解雇は完全に無効であるとの心証を得た(5ヶ月半)。その上で,調停による解決が試みられたが,第3回の労働審判期日において調停が成立した(6ヶ月半)。調停の内容は鹿沼さんの主張を全面的に認めた上で,会社都合による合意退職,解決金として月給の1年分相当額の支払いをするものであった。

解決に至る経緯

1.紛争の発生

鹿沼さんは,外資系IT企業G社において,契約社員を経て,正社員のシステムエンジニアとして働いていました。鹿沼さんは,システムエンジニアとしての豊富なキャリアを有しており,採用以来,何ら問題なく勤務を継続していました。鹿沼さんは,これまで経験の無いシステムを取り扱う部署へ配属され,不慣れな為,通常よりは多少時間をかけて仕事を行いました。新しい仕事を任された場合,多少時間をかけて業務を行うことは当然のことです。不慣れな業務でしたが,経験豊富な鹿沼さんは,現場で直ちにコードを学びながら,一つ一つ課題をクリアしつつ,業務を遂行しました。しかし,数ヶ月後,いきなり指導と称するメールが鹿沼さんに送られました。そのメールには事実とは異なることが書き連ねてあり,改善しないと解雇も辞さないという内容でした。鹿沼さんは,自分に落ち度がないことを直ちにメールで返信すると共に,なぜそのようなことをするのか問いただしました。しかし,上司からはなんら合理的な理由が述べられませんでした。すると,会社の人事部より,契約を解除するので辞表を出すようにとの指示がなされました。鹿沼さんはそれに応ずる理由は一切なかったため,辞表の提出を拒絶しました。すると,会社は,鹿沼さんを職場から排除して,退職に追い込むことを企図し,それ以後の出勤を禁ずる旨命じました。鹿沼さんは,会社の対応に全く納得がいきませんでしたので,異議を述べつつも,会社の命令に逆らうことでさらに不利益な処分がなされることを恐れ,上記命令に従って,それ以後出勤は控えました。その後,会社は解雇を通告してきました。鹿沼さんは中年で守るべき家族もおり,ここで解雇をされると再就職先を探すにも難しい現状がありました。もとより解雇を受け入れる理由はありませんでした。

2.相談
(1) 労働局への相談【解雇から1ヶ月間】

そこで,このような状況を何とかしたいと思い,鹿沼さんは労働局へ相談に行きました。しかし,労働局では解雇予告手当の請求文書について指導をされ,かつ,解雇に基づく損害賠償請求をするように指示されました。そして,鹿沼さんはそれに従い,解雇予告手当及び損害賠償を会社に内容証明文書で請求を行いました。しかし,本来解雇の無効を主張し,解雇を争うのであれば,解雇を前提とした解雇予告手当の請求は矛盾する態度と言わざるを得ません。また,損害賠償請求を請求したとしても法的に認められる可能性は低いのが現状です。会社は鹿沼さんの上記請求を無視したため,途方に暮れた鹿沼さんは,当サイトをご覧になり,当事務所へご相談に見えました。

(2) 当事務所への相談・依頼【解雇から1ヶ月後】

弁護士の吉村にて,鹿沼さんの事情を詳細に聴き取った結果,確かに解雇予告手当を請求したことは相矛盾した態度ではありますが,解雇自体は合理性相当性を欠いているため,解雇は無効である可能性が高いとの判断をしました。鹿沼さんは他の弁護士にも相談した上で,最も説明や方針が明確で信頼できるとして,当事務所へ依頼をすることにしました。弁護士吉村は,直ちにご依頼を受け,会社と交渉を開始しました。

3.交渉【依頼から約3ヶ月間】

直ちに,弁護士名義で解雇の即時撤回,速やかなる復職,賃金の支払を求める旨を内容証明郵便にて求めました。会社も弁護士を選任し,対応をしてきました。しかし,会社は,鹿沼さんの勤務態度には著しい問題があり,解雇は有効であると主張し,まともに交渉に応じようとしませんでした。また,会社の担当者は,弁護士間の交渉をしているにもかかわらず,鹿沼さんに直接電話をかけ,「おまえは裁判では勝てない。こちらから裁判してやるから覚悟しろ!」と脅すような連絡をしてきました。このような態度には当然抗議をしましたが,あまりにもお互いの主張の差が大きすぎるため,交渉での解決が難しい状況となりました。

4.労働審判
(1) 労働審判申立【依頼から3ヶ月半後】

交渉が難航していたところ,なんと会社より「地位不存在確認」の労働審判の申立がなされました。解雇は有効であるから労働契約上の地位が不存在であることの確認を求める労働審判です。余程の自信があったのでしょうか,会社から先手を打ってきたのです。当方としては,ただちに解雇が無効である旨の答弁書を提出しました。解雇の理由はありませんので,早期に裁判所へ提出し,労働審判に臨みました。

(2) 反訴的労働審判申立【依頼から4ヶ月】

ただ,答弁書を出すだけでは,労働審判の対象として解雇無効を前提とした雇用契約上の地位の確認及び賃金支払請求は加わりません。そこで,答弁書を提出した後に,反訴的な労働審判申立を行いました。反訴的労働審判申立は,会社が起こした労働審判事件と併合され審理がなされました。会社側の抵抗は激しく,あくまでも解雇の有効を強硬に主張してきました。また,解雇の際には告げていなかった解雇理由の追加も行いました。当方としても,会社の主張は誤りが多く,解雇に合理性相当性を欠くことを的確に主張立証しました。

(3) 第1回労働審判期日【依頼から約5ヶ月半】

当日,鹿沼さん,吉村(弁護士)にて出席し,会社は,人事担当者とその弁護士が出席しました。審判官(裁判官)及び労働審判委員より次々と当事者双方に質問がなされました。解雇事件の場合,解雇理由については使用者側が実質的に立証責任を負いますので,人事担当者への質問が数多くなされました。人事担当者は,解雇理由について十分な説明が出来ませんでした。後付けの解雇理由についても,人事担当者は曖昧な説明をしていましたが,労働審判委員会は全く解雇理由として取り上げませんでした。1時間半程度の審理を経て,労働審判委員会の評議がなされました。その後,裁判官より,本件解雇は無効であるという心証が開示されました。すなわち,そもそも解雇の理由がなかったという完全に鹿沼さんの主張が認められる心証となったのです。会社側が必死に食い下がろうとしましたが,審判官は全く相手にせず,心証は変わることはありませんでした。

(4) 第2回期日・第3回期日【依頼から約6ヶ月半後】

その後,話し合いによる解決が試みられました。鹿沼さんは,解雇されて以降,失業保険の仮給付を受けつつ,会社への復帰を考えていました。しかし,労働審判における会社側の態度を見て,鹿沼さんは会社に対する信頼感は失われ,戻って働くことの意味もないと思うようになりました。また,同様のIT企業から誘いを受けていました。そこで,退職を前提にしつつ,その保障を会社にさせることによる解決をすることに鹿沼さんは決めました。最終的には,金銭的には慰謝料込みで月給の1年分相当の解決金,会社都合の合意退職などの調停が成立しました。

5.その後

鹿沼さんは,自己の望む条件で解決ができたことに満足をされ,直ちに再就職活動を行いました。鹿沼さんは能力が高く,経験も豊富であったため,すぐに同様の条件での再就職先が見つかりました。キャリアの断絶もほとんどなく,新たなスタートを歩まれることになりました。鹿沼さんより「本当にお世話になりました。望む結果を得られ,家族にも良い報告が出来ました。」とのお言葉を頂きました。

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