不当解雇.com > 懲戒解雇 > 懲戒解雇を前提とする自宅待機命令
私は,先日,会社から,私が懲戒解雇事由に該当するセクハラ行為を行ったかどうかについて事実関係を調査するため,自宅待機を命じられました。会社の就業規則には自宅待機の規定がないのですが,それでも自宅待機命令は有効なのでしょうか。また,仮に命令が有効であるとして,その間,私は,会社に対し,賃金の支払いを請求できるのでしょうか。
解雇や懲戒解雇の前提措置として,企業が事実関係の調査等の為に対象従業員に対して自宅待機・自宅謹慎を命ずることは可能です。その場合,自宅謹慎(自宅待機)は業務命令として行われますので,就業規則上の根拠が無くとも有効となります。
自宅謹慎(自宅待機)期間中は賃金は原則として100%補償されます。また,自宅謹慎(自宅待機)は,原則として懲戒事由の調査や処分量定に必要な期間に限り許容されますが,不相当に長期にわたる場合は違法となることがあります。
さらに,自宅待機期間中であっても,懲戒処分を避ける為に,自己に有利な資料や証拠,自己の弁明を記載した書面などを会社に提出することも考えられます。
自宅待機命令とは,懲戒処分としての出勤停止や休職処分とは別に,解雇や懲戒解雇の前提措置として,証拠隠滅の防止や出勤による職場の混乱を防止するため,使用者が労働者に対し,一時的に就労を禁止する措置のことです。
判例によれば,自宅待機命令は,雇用契約に基づく使用者の労務指揮権の1つであり,使用者の業務命令によって行われると解されています。従って,使用者は就業規則における明示の根拠なしにそのような命令を発することが可能です。
もっとも,自宅待機命令も業務命令ですので,業務上の必要性がないとか,本人の不利益が著しく大きいとか,不当に長期にわたるなど合理的理由がなく,裁量権を逸脱した場合には,業務命令権の濫用となり違法となります。
懲戒事由の調査という会社側の都合によって労務の提供を拒否することになるので、その期間について原則として賃金を100%補償する必要があります(民法536条2項)。
よって,自宅待機(自宅謹慎)期間中の賃金は請求できると考えてよいでしょう。
また、年休の取得要件である全労働日の80%以上の出勤率との関係では出勤として取り扱うことになります。
例外的に,不正行為の再発防止,証拠隠滅の恐れなど緊急且つ合理的な理由がある場合は,自宅待機を命じて労務の受領を拒否したとしても,それは使用者の責めに帰すべからざる事由による履行不能として(民法536条1項),賃金支払義務がない場合も有り得ますが極めて例外的な場合といえます。
また,懲戒解雇の調査の為に自宅待機を命じられている場合,将来的に懲戒解雇を受ける可能性が高いといえます。会社は一度懲戒解雇を行えば,仮にそれが事後的に誤っていたとしても容易に撤回することはありません。そこで,まずは懲戒解雇を回避するための活動を行う必要があります。
例えば,
・懲戒解雇の原因が無いことを証明する資料・証拠を提出する
・弁明を記載した書面を提出する
などの活動をすることも検討した方がよいでしょう。
まずは事実関係を確認することが必要です。本件では以下のような事実の確認が必要となると思われます。
□ 自宅謹慎(自宅待機)の命令の理由・期間
□ 自宅謹慎(自宅待機)期間中の賃金について
法的措置をとる場合はもちろん,交渉による解決を目指す場合も,証拠の確保が極めて重要になります。以下のようなあなたにとって有利な証拠を出来るだけ確保して下さい。
□ 自宅待機(自宅謹慎)命令書
□ 自宅待機(自宅謹慎)を命ずる音声の録音
基本的に自宅待機期間中は,指示に従い自宅に居ることが必要です。他の仕事をしたり,会社からの連絡に応じられないようなことのないように注意が必要です。
また,自宅待機期間中に懲戒対象行為についての弁明の機会が与えられることがあります。弁明をすることで不処分又は処分の軽減が得られることもありますので機会を逃さないよう注意が必要です。
会社が自宅待機期間中の賃金を支払わない場合は,会社に請求をする必要があります。会社が応じない場合は,弁護士に相談・依頼して交渉や裁判で解決する必要があります。
静岡地判平成2.3.23労働判例567-47
Yは,インスタントコーヒーを中心に家庭用調理食品,冷凍食品,業務用食品などの製造,販売を行う外資系大企業であるところ,Xは,昭和37年11月,Yに入社し,セールスマンとして勤務していた。
しかし,Xは,昭和58年6月17日,女子派遣社員(デモンストレーター)との不倫関係を理由に,Yの静岡出張所所長b(以下「b所長」という。)から口頭で,「当分の間自宅で待機していて欲しい。」と自宅待機を通告された(以下,この通告を「本件自宅待機命令」という。)。
裁判所は,原告(筆者注:X)が,被告(筆者注:Y)に派遣されていたデモンストレーターのcと,仕事上のかかわりから不倫な関係を結び,そのことが原因で,原告の行為を非難する葉書が被告の取引先に出まわって,顧客の被告に対する信頼・信用を甚だしく損なうような事態が生じたため,被告は,原告にそのままセールス活動を続けさせることは好ましくないと考え,人事管理上の配慮から,原告に対する右事件に関する処置を決定するまでの間,原告を自宅待機させることとしたこと,本件自宅待機命令の発令期間中,原告には,出勤時と同様に,給料及びボーナス等が支払われていたこと,被告は,本件自宅待機命令について,原告が,自宅内でテレビを見たり,本を読んだり,昼寝をするなどのことは差し支えないが,午前9時から午後5時までの勤務時間において,被告の許可なく自宅から出ることは,右命令に違反することになり,処分の対象となると理解していたこと,結果として2年間にわたり自宅待機命令が継続したこと等を認定した。
その上で,「被告は,本件自宅待機命令の発令期間中も,原告に対して給料及びボーナス等を支払っていたので,原告がこれにより,経済的に格別の不利益を受けていないこと,原告は,被告の製品を顧客にセールスをするセールスマンであるが,右セールスの技量は,その職種の性質上職場を一時的に離れることになっても著しく低下するとまではいえないこと,本件自宅待機命令は,当初,原告に対する適切な対応処置を決めるまでの暫定的なものとして発せられたものであること,本件自宅待機命令は,勤務時間内における自宅待機を命ずるだけで,それ以上に原告に対して苛酷な制約を課するものではないことなどを考慮すれば,被告が,原告に対し,業務上の必要から,自宅待機を命ずることも,雇用契約上の労務指揮権に基づく業務命令として許されるというべきである。」,「しかしながら,被告が,業務命令として自宅待機を命ずることができるとしても,労働関係上要請される信義則に照らし,合理的な制約に服すると解され,業務上の必要性が希薄であるにもかかわらず,自宅待機を命じあるいはその期間が不当に長期にわたる等の場合には,自宅待機命令は,違法性を有するものというべきであるから,この点につき,更に検討する。・・・
被告が,原告に自宅待機を命じたことには,相当の理由があるというべきである。」,「・・・原告は,・・・自分のした不倫行為について,現在に至るまで何ら反省の気持ちを持ち合わせていないのみならず,これが正当である旨の主張を固執する態度をとったため,このままの状態で,原告を業務上の必要から取引先へ訪問させあるいは静岡出張所の事務所などにおいて雇客又はデモンストレーターの女性などと応対させるとすれば,被告の男女間の倫理についての見識が疑われ,被告の対外的信用を一層損なう結果にもなりかねなかったのであるから,原告に対し長期間自宅待機を命ずる業務上の必要性があったというべきである。よって,本件自宅待機の期間が2年間の長期にわたったとしても,これをもって,本件自宅待機命令を違法とするには足りないという外ない。原告は,本件自宅待機命令は,不当労働行為として違法な処分であるとも主張するが,・・原告の男女関係のトラブルが原因で葉書が被告の取引先に出まわり,取引先の被告に対する信用を甚だしく損なうような事態が生じたため,被告は,原告にそのままセールス活動を続けさせることは業務上好ましくないとして,人事管理上の配慮から原告を自宅待機させることとしたものであるというべく,原告が第一組合の組合員であるという理由で,本件自宅待機命令がなされたと認めるに足りる証拠はないから,原告の右主張は,失当といわざるを得ない。以上のとおり,本件自宅待機命令は,違法なものとは認められないから,その違法を前提とする原告の慰謝料請求は,理由がない。」とした。
なお,同事件の控訴審判決(東京高判平成2.11.28労働関係民事裁判例集41-6-980)は,原告からの控訴を棄却し,一審判決の判断を支持しています。
神戸地判平成3.3.14労働判例584-61
Yは,家庭電気機械器具の販売卸売等の業を目的とする会社であり,Xは,昭和33年にYに雇用され,昭和57年3月から部長職に就き,同60年2月21日からはマーチャンダイジング部物流担当部長の地位にあったものである。
しかし,Yは,Xに対し,昭和61年4月12日,Xにおいては下記の事由があることを理由として,「部長職を一般職に降格する。」「肝障害の治療のため,最低3か月間の入院又は療養を命ずる。併せて禁酒を望みます。」との処分(以下,「本件処分」という。)を行った。
それ以前に,Xは,Yから,同年3月6日,「Xの飲酒に関する告発文書が出されたため,その事実関係の裏付け調査とYの人事委員会で審議がなされているので,追って連絡する。」旨の通知を受けた,次いで同月8日には,翌9日から自宅待機(昭和61年3月9日~同年7月12日)を命ずる旨告げられていた(以下,「本件自宅待機」という。)。
部長職から一般職への降格処分と4か月間に及ぶ自宅待機命令に対し,Xが右各処分の違法を主張して,(イ)降格処分の無効確認と,(ロ)慰謝料(100万円)と右降格に伴う賃金減額分の各支払いを求めたが,判決は,右各処分を適法なものとしたうえで,右各請求を棄却した
裁判所は,「Xは,本件自宅待機自体も懲戒処分である旨の主張をしているが,によれば,本件自宅待機は・・・懲戒処分としての出勤停止とは別に,解雇や懲戒解雇の前置措置として,それの処分をするか否かにつき調査または審議決定するまでの間,原則として賃金の支払い義務を免れないものの就業場所における就業を禁止するもので,就業規則その他に根拠を有する不利益処分ではない,単にいわゆる自宅勤務を命じたものに該当するものと解される。」とした。
名古屋地判平成3.7.22労働判例608-59
Xは,昭和42年12月,大型特殊自動車運転手としてYに入社し,新日鉄名古屋製鐡所の構内輸送の業務に従事してきた。
しかし,Yは,昭和52年10月3日,Xに対し,同僚への暴行を理由に,譴責処分及び作業長から副組長への降格処分(以下,併せて「本件懲戒処分」という。)をした。
また,Yは,本件懲戒処分に先立ち,Xに対し同52年9月26日から同年10月3日まで自宅謹慎を命じ,その間の賃金3万9552円を控除した。
裁判所は,「Yが右賃金控除をした根拠は,・・・Aにかかる暴行事件の際に同様の措置が執られ,それ以降,懲戒問題が生じて自宅謹慎を命ぜられ,後に懲戒処分が決定した場合その期間は欠勤扱いとする旨の慣行が成立しており,訴外組合もそのことを了承していたということにあると認められる。しかしながら,このような場合の自宅謹慎は,それ自体として懲戒的性質を有するものではなく,当面の職場秩序維持の観点から執られる一種の職務命令とみるべきものであるから,使用者は当然にその間の賃金支払い義務を免れるものではない。そして,使用者が右支払義務を免れるためには,当該労働者を就労させないことにつき,不正行為の再発,証拠湮滅のおそれなどの緊急かつ合理的な理由が存するか又はこれを実質的な出勤停止処分に転化させる懲戒規定上の根拠が存在することを要すると解すべきであり,単なる労使慣行あるいは組合との間の口頭了解の存在では足りないと解すべきである。」と判示して,自宅謹慎期間中の賃金支払請求を認容した。
大阪地判昭和37.4.20労働関係民事裁判例集13-2-487
Xらは,いずれもYの従業員であつたところ,昭和32年12月21日,入鋏済乗車券(廃札)を再発売した(通称タライ廻し)こと等を理由に,Yより懲戒解雇された。
なお,Yは,本件不正行為の疑いのあるXらについて業務上必要と認めて,労働組合の同意を得て,XらのうちX1を除く者らに対し昭和32年9月11日以降,X1に対し同年10月7日以降,それぞれ就業制限に付し,以後1月毎に神戸線賞罰委員会の議を経てその期間を延長しかつその間事実上賃金の支払を停止してきた。
裁判所は,「就業制限とは,懲戒に該当する疑のある行為をなした従業員に対し,懲戒につき決定がなされるまでの期間事情調査の為の証拠湮滅懲戒該当行為の再発並びに事故の発生を防止する目的で使用者の命じる出勤停止で,懲戒未確定期間中の暫定処置であって本来の性質は懲戒そのものではないことが窺われる。いま,この就業制限の適否について按ずるに,会社(筆者注:Y)が就業規則,労働協約,またはこれに基く覚書において,従業員の就労を拒否しうる場合を定めることは,従業員の就労請求権を認めるか否かにかかわらず,何ら強行規定に違反するものではないが,右就業制限に伴い賃金の支給を零パーセントとすることができるという一般的な規定を設けることは,労働基準法の賃金支払保障の強行規定に反し無効であるというべきである(従来零パーセントの取扱が慣行的になされてきたからといつて有効になるわけでない。)。けだし,使用者が労働者の就労を拒否し,なお賃金債務を免れうる場合は,その就労拒否が使用者の責に帰すべからざる事由に基づくときに限定されるのは,民法第536条第2項,労働基準法第26条に照らして明白というべく,また使用者の責に帰すべからざる事由の存否は個々の具体的事情に応じて判定せらるべきものであり,ある従業員に懲戒事由に該当する行為があつたとの疑を生じ,懲戒手続開始の運びに至つたからといつて,会社が就業制限の理由として挙げるような事故発生,不正行為再発,証拠湮滅等のおそれまたは危険性が常に具体的に生じるものとは考えられず,またこれらのおそれまたは危険性は別途にこれを除去する方策もあるのであるから,就業制限を以て使用者のやむをえない処置であり,その責に帰すべからざるものとして賃金債務を免れるものとすることはできないからである。従って前記労働協約に基く覚書が有効なものとして通用するのは,会社の就業制限がその責に帰すべからざる事由に基くものと認められる場合に限られるのであつて,単に右覚書のみを根拠にして賃金責務の免責を得たものとする,被申請人の主張は採用し難い。そして本件では,改札係の申請人(筆者注:X)等が懲戒事由ありとの嫌疑をかけられたことのため事故発生のおそれを生ずるに至ったものと認められる疎明資料もないし,また申請人等において不正行為の嫌疑を受けながらこれを敢行するおそれあることを認めしめる資料もない。さらに証拠湮滅のおそれがあるとしてもそれを防ぐために就業制限を必要とする状態にあつたことを窺わしめる資料もないのであるから,前記就労制限を以て会社の責に帰すべからざる事由に基くものとして賃金債務の支払を拒否することはできないものといわなければならない。」とした。
千葉地判平成5.9.24労働判例638-32
Yは,アメリカ合衆国ミネソタ州に本社を置く国際航空旅客運送業を主たる目的とする株式会社であり,Xは,昭和43年6月10日,Yに整備士として雇用され,以後,整備士として勤務してきた。
Yは,Xが,駐機中の旅客機の出発直前に,故障修理の依頼を受けて機内に入り,退出する際に機内第2ギャレー内で乗客用に用意されていたグラスを,その中身がシャンパンとは認識せずに,一回少量すすったこと等を理由に,平成3年8月18日をもって通常解雇する旨の意思表示をした(以下,「本件解雇」という。)。
なお,Yは,遅くとも,同年1月18日までに,Xに対し,自宅待機を命令した(以下,「本件自宅待機命令」という。)。本件自宅待機命令は,本件解雇まで継続されたこと及びその間Xに対し賃金等の支給がされていることが認められる。
裁判所は,「原告(筆者注:X)は,被告(筆者注:Y)の就業規則及び労働協約上懲戒処分としての自宅待機の定めはない旨を主張するが,使用者が従業員に対し労務提供の待機を命じることは,当該従業員の労務の性質上就労することに特段の利益がある場合を除き,雇用契約の一般的指揮監督権に基づく業務命令として許されると解されるところ,本件全証拠によっても,航空機の上級整備士という原告の職務に右特段の利益を認めることは困難であり,本件自宅待機命令は被告の業務命令と認められる。そして,業務命令としての自宅待機も正当な理由がない場合には裁量権の逸脱として違法となると解すべきところ,・・・本件自宅待機命令の発令には正当な理由があったものと認めることができる。したがって,被告が原告に対し,1月18日までに自宅待機を命じたことは,被告の裁量権の範囲内でされた適法なものと認められる。・・・これらの経緯には,証拠及び弁論の全趣旨によれば,被告が本件自宅待機命令を長期間継続した主たる目的が,原告が・・(機内で)故意にシャンパンを2回飲んだという認定事実を前提にして,原告に任意の退職を求めることにあり,その間必要な事実調査を尽くさなかったと認められることをあわせ考えると,少なくとも原告が就労を開始した8月11日の時点においてもなお被告が本件自宅待機命令を継続したことは,正当な理由を欠く違法なものといわざるを得ない。」とした。